2010 . 07 . 19

Image802.jpg

フォワグラのポワレです。厚みのあるフォワグラに火を通し、おひとり様分ずつスプーンの上に盛りました。リンゴを炒めて甘みと香りを出し、シードルビネガーを加えた酸味のあるソースをかけました。前菜料理や、おつまみとしてどうぞ

nana
 
 
5月5日(水)は通常営業、5月6日(木)はお休みさせていただきます(2010.4.30)
4月25日(日)はお休みさせていただきます(2010.4.10)
3月18日(木)はお休みさせていただきます(2010.3.11)
1月11日(月)~15日(金)を冬期休業とさせていただきます(2010.1.3)
12月31日~1月3日 年末年始の営業のご案内(2009.12.28)
12月22日(火)~25日(金) 2009年クリスマスディナーメニューのお知らせ(2009.12.5)

   

 s'il suffisait d'aimer

映画監督や俳優、アーティストのイメージは、何回かその人の作品を見ているうちになんとなく残るようになる。「タイタニック」が公開されるまで、ジェームズ・キャメロンといったら「ターミネーター」のイメージがほとんどだったし、皮肉の意味ではなく夏休みの大作映画の監督という感じだった。
レオナルド・ディカプリオを初めて観たのは「ギルバート・グレイプ」だった。その後はシャロン・ストーンと西部劇を演じたり、ランボーやロミオになったりもした。いい評価は少なかったのかもしれないけど、僕には順番に見ていくのが楽しみに思える役者だった。
ケイト・ウィンスレットは「日陰のふたり」で初めて知った。「タイタニック」の前に彼女を観たのはこの作品だけだったけど、僕にとっては惹かれる映画で、マイケル・ウィンターボトムという監督の作品を順番に観ていくきっかけになった。イギリスらしいというか、変な言い方だけど衣裳の似合う素敵な女優だと思っていた。
そのキャストで作られた「タイタニック」の撮影は、期間も予算もオーバーして、公開前は色んな意味で心配されていた。映画雑誌を買うと、定期的に後ろの小さい欄に、ジェームズ・キャメロンのタイタニックがまた撮影延期、なんて書いてあったし、ケビン・コスナーの写真を添えたりしながら、海を舞台にする大作は興行的に失敗する確率が高いこともふざけてよく書かれていた。出来る前から沈むかもしれないなんて言われた「タイタニック」だけど、結果は、失敗間違いなしと書いていた評論家たちを沈めることになった。
そして「タイタニック」の主題歌はセリーヌ・ディオンが歌っている。もうどんな曲かとか書く必要のない曲。そのときはまだセリーヌ・ディオンをよく知らなかったし、あまり聴こうと思わなかった。アトランタオリンピックのときに初めて歌っている姿を見て、40歳くらいの人だと思った。英語で歌っているけど、実はフランス語の曲も歌っていて、カナダ出身だからフランス語も喋れるみたい。好きだから知っていたわけじゃなくて、そのころ披露宴では「to love you more」がよく使われていて、お客さんに相当訊かれたから、僕も音響の人に訊いてそれくらいは答えられるようにしておいた。でもそれならなんでアメリカのオリンピックで歌っているんだろうと思ったし、なんとなく中途半端というか、垢抜けていないような感じがしていた。
そのイメージを壊されたのは、フランスに行ってからだった。ラジオから聴いたことのある歌声がフランス語で流れてくる。その頻度が他のアーティストと全然違う。町や駅の売店で見る週刊誌や軽めの新聞の表紙に「celine」の文字があふれている。それまで僕は知らなかったけど、数か月前から休養して、マネージャーでもある旦那さんの看病をしながら出産を目指しているということだった。雑誌を見てみると、車を自分で運転して買い物に行ったり、夫の看病をしたり、普通の生活をしたいというインタビューが掲載されていた。僕がフランスにいた期間は、ちょうどセリーヌ・ディオンが表舞台から消えていたときだった。
たまにララ・ファビアンの歌声と間違えながら、何か月もラジオでフランス語のセリーヌ・ディオンを聴いていて、だんだん自然になってきてしまった。でもそれはここがフランスだからだと僕は思っていた。それが変わったのは、年末年始の深夜に、ちょうど1年前の1999年の大晦日に行われた、故郷ケベックでのミレニアムコンサートの再放送をテレビで見たとき。休養前の最後の舞台だった。そこにいたのはいつでも40歳くらいと思っていた女性ではなかった。
僕が今ではいちばん好きな「destin」を歌っているセリーヌ・ディオンは、お茶目で力強くて、そして美しかった。だから「デスタン」というのは男の子の名前とかかと僕は思った。「pour que tu m'aimes encore」を歌う前には、愛を歌うときにいちばん美しい言葉はフランス語、と言っていた。かなり訛っているけど、セリーヌ・ディオンはフランス語も喋れるのではなくて、フランス語が自分の本当の言語なのだった。そして、コンサートの終わりが近づいて年とミレネールが変わるときに「s'il suffisait d'aimer」を、20世紀の戦争映像などを背景にして歌った。その中には日本のものももちろんあった。引き込まれるというのはたぶんこういうときのこと。フランスで彼女が愛されている理由が少しだけ僕にも伝わったときだった。
今月、セリーヌ・ディオンのコンサートが日本でも開催された。一曲だけフランス語の曲を歌った。歌う前には、曲を作ったジャン・ジャック・ゴールドマンの名前を彼女がクレジットしていた。ゴールドマンがいなかったら、セリーヌ・ディオンはフランスであんなには愛されなかった。彼女はいつもゴールドマンへの特別な気持ちを伝えている。そのときだけはフランスにいるみたいに。異国の地で、一曲だけ、英語ではない自分の身体に流れている言語で歌うその姿は、中途半端でもなんでもなくて、彼女にしかできないスタイルを見せてくれているときだった。 それ以上を日本で見ることは難しいと思うから、それはそういう場所へこっちが行けばいい。セリーヌは今が本当に40歳になったばかりみたいだから、そんなに遠くないうちにきっとまた見られる。ずっとそれくらいの歳の人だと思っていたから、そのときは今まででいちばん美しく見えるときかもしれない。


*「celine」の実際の表記にはアクサンテギュが必要です。