2010 . 07 . 19

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フォワグラのポワレです。厚みのあるフォワグラに火を通し、おひとり様分ずつスプーンの上に盛りました。リンゴを炒めて甘みと香りを出し、シードルビネガーを加えた酸味のあるソースをかけました。前菜料理や、おつまみとしてどうぞ

nana
 
 
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 ベルリン・天使の詩 coupe du monde2006

ワールドカップが終わった。ベルリンでの決勝戦は6年前の欧州選手権の再現になった。序盤から点数を取り合ったこともあって、決勝にしては予想よりも何だか落ち着かない試合だった。そして長い旅の終わりはPK戦での決着だった。
昨年の夏、フランスの代表チームは予選で苦しんでいた。フランスの順位はスイス、アイルランド、イスラエルよりも下だった。負けないし点は取られないけど、勝つこともできない。新しいチームはまだ出来上がっていなかった。
1998年の優勝監督エメ・ジャケは、チームを作るのには最低2年が必要だと言っている。ジャケが就任したのは93年の終わり。しかも98年のワールドカップは自国開催だったから、予選の苦労がない。ジャケは大胆に代表選手を入れ替えた。個性よりもチームを大切にできる人間を選んだ。その手法をスポーツ紙レキップは猛然と批判し続けた。
ジネディーヌ・ジダンが初めて代表の試合に出場したのは、94年の8月17日。当時所属していたリーグ・アンのボルドーの本拠地で行われたチェコとの親善試合だった。この試合でジダンは途中出場で2得点を挙げる。ジャケにとっては必然だったのだろうか。これがまだ誰も想像できなかった物語の始まりだった。その物語は華々しい成功を収めて、しばらくの期間続いた。そしてもう終わったものだと思われていた。
ジダンがリリアン・テュラムとクロード・マケレレを従えるかのようにして代表への復帰を決めたのは、予選が残り4試合というぎりぎりの時期だった。誰もが喜んだことでは決してない。だけど時間もないし、ノスタルジーだけでもない。終わりの始まりはモンペリエでのコート・ジヴォワールとの親善試合。日付は11年前の代表デビューの日と同じだった。
急造のチームで際どく予選を突破したフランスに、メディアの評価は低かった。ワールドカップが始まってもそれが劇的に変わることはなかった。予選グループでは習慣のようにスイスとは無得点の引き分け。韓国とも引き分け、最後に予選敗退がすでに決まっていたトーゴに勝って、何とか決勝トーナメントに進むことができた。そのトーゴ戦はジダンは出場停止だった。ジダンの終わりを延ばしたのは、ずっと一緒に戦ってきた仲間たちだった。
決勝トーナメントから、フランスの試合はがらっと変わった。いつか見ていたような光景の連続だった。スペイン、ブラジル、ポルトガル、彼らはいちばん強かったときのフランスを知っている。そしてジダンと長くチームメイトだった選手が何人もいる。試合後ラウルは「ジダンのチームだからこそ勝ちたかった」、カシージャスは「ほんの少しの差で負けた」と言った。試合が終わって笑顔を見せる前にジダンはフィーゴとユニフォームを交換していた。タレントが集まれば集まるほど「誰のチーム」と決めることは難しくなる。ジャケはそのことをよくわかっていたのだろう。ジダンを中心に一つになったフランスは素晴らしかった。最後の最後に間に合った。
イタリアとの決勝戦のあと、ジダンはどこにもいなかった。ジダンであれば決勝の結果に関わらず、きっと観客から祝福されるはずだった。きっと観客もそれを望んでいた。かつて自分が掲げたワールドカップの横を独りで通り過ぎたときには、あのベルリンの天使のように、心の声が聞こえていたかもしれない。「どうして?」と。多くの非難もあった。でも翌日のユマニテの紙面にはこうあった。「ジズー、ありがとう、いろいろとありがとう」。
僕にとっても、フランスという要素だけでフランスのサッカーを見ていたのが変わったのは、ジダンという選手がいたからだった。ジダンにボールが届くと誰にも動かせない間があった。そしてルーツがフランスではない選手たちが大勢集まるフランス代表の象徴がジダンでもあった。アズーリとレ・ブルーはどちらも青。だけど中身の色は全然違う。たかがスポーツで、たかがフットだけど、フランスの場合はそれが一つの社会でもあった。サッカーを見ないひとが今のフランス代表の集合写真を見たら、誰もトリコロール国旗の国の選手たちとは思わないだろう。
今回のワールドカップが準優勝に終わったフランスだけど、この結果が未来に続くということは難しいかもしれない。あくまで夢のような試合だった。だからこそそれは記憶にとどめておくくらいでいいし、決して忘れられない光景だった。