初めてフランスに行くひとから、何か持っていったほうがいいものがあるかどうかよく訊かれる。短期間の観光旅行なら何とかなるかもしれないけど、ある程度長く滞在するのなら真剣に考えることかもしれない。でもそういうことは、個人的なものであったりけっこう細かいものが大切だったりもする。行ってから買えるものはむこうで買えばいいし、日本のガイドの本にはきっと世界一親切なことがいろいろと書いてある。だからこういう答えは難しい。
そういう場合は自分のときのことを思い出してみるけど、初めはやっぱり慣れなかった。まずおかしいと思ったのは水だった。ニースで家を見つけるまでの数週間僕はホームステイをしていたけど、その5人家族の家の鍋の底はどれも真っ白だった。色んな話は聞いていたけど、東京で育ったら水はそれなりのものしか知らないし、僕は今でも言われるほど東京の水道水はひどくないと思っているから、そんなものだと思って何も考えていなかった。でも乾いた状態でその鍋の底を指でなぞると、いくつかからは指に白い粉が付いた。僕はまだ言葉にだって慣れていなかったのに、すぐにマダムにスーパーまでの道を訊いて行くことにした。最初に必要とする日用品がまさか水になるとは思わなかった。
ホームステイしていたアパルトマンからはカルフールが近かった。初めて行ったカルフールで、僕は初めて6本単位で梱包されているミネラルウォーターを買って両手で抱えて帰ってきた。行く前は石灰水や生活費のこととかを考えて面白くなかったのに、カルフールに陳列しているミネラルウォーターの種類の多さを見たら反対に面白くなってしまった。けっこう知っているつもりだったのに、それは一角のスペースだった。ガズーズだけでも片手以上の種類があった。ちょうど自分で理由も出来たから、順番に色んな水を飲んでいくことにした。
ヴォルヴィックでもバドワでもヴィシーでもどれも安い。空気が乾いているから水はよく飲んだ。無意識に飲んでいるほうが味は覚えている。日本だと色んな理由で難しいけど、もしフランスでサービスができるのなら、時には料理や飲み物の内容に合わせて水の種類を提案してみたい。邪魔することもしないこともできるし、補えることもある。例えばフランスで飲む紅茶はおいしくないとよく言われる。葉っぱか水しかないわけだから落ち着いて考えたらその理由はすぐわかる。
生活に少し慣れてからは、自分のステュディオに料理やお茶用の水もいつも買っておいた。この水だけはいつも同じものを買っていた。水道料金とたいして変わらないような値段で、厳密には表記にはミネラルウォーターとは書いていない。でも十分だった。こういうことが出来るのもフランスだった。クリスタリーヌというこの水は今では日本でも売っている。僕はこの水を見ると懐かしくなる。
初めてカルフールに行ったときには、水のほかに確かトイレットペーパーとかシャンプーも買った。小さい茶色い鍋も買った。紙は問題なくてもシャンプーは書いてあることがほとんどわからなかった。適当に買ったけど後になって読めるようになったら、僕の想像とはまったく違うことが書いてあった。数か月後にパリで日本人の方に髪を切ってもらったときに、髪質や薬品の違いについていろいろと教えてもらった。
あと初めは小銭の貴重さがわからなかった。軽いほうがいいと思っていたけど、フランスだと釣り銭が多いと本当に嫌な顔をされる。売ってくれないときだってある。計算ができないひともいる。日本だったら何千円かを持つならお札でいいけど、フランスなら全部が小銭だっていい。一万円なら全部が五百円玉だっていい。でもたしかに水とかパンなら小銭のほうが合っている。
だからこんなふうに例えば水のこととか、シャンプーは最初は慣れているものを持っていったほうがいいとか、小銭をいつも持っていたほうがいいとか、みんな少しの部分だけの細かいこと。こういうことをいきなり言ったら誰かに言われる小言みたいになるから僕は普段は言わない。少しだけ思うことというのは難しい。