何年か前と比べるとニュースで映画館の数について悲観的なことを聞くことが少なくなった。10代のころによく通った池袋の映画館では入場するときに小さな番組表を配っていて、そこにはスタッフのひとが毎週文章を書いていた。また日本の映画館が減った、という内容は何回も読んだ気がする。
数は減らなくなったのかもしれない。いっぺんにいくつもまとめて出来ていくつかのひとつのものがなくなっていくのなら、それくらいの引き算は誰にでもわかる。
今年の夏に「before sunset」という映画がアメリカで公開されていることを知った。ポスターにジュリー・デルピーとイーサン・ホークが写っているのを見て驚いた。続編映画が作られることは珍しいことじゃない。でも続編を作ることができる条件を勝手に考えていたとするなら「before sunrise」からはすこしも想像することができなかった。
もし「before sunset」が「before sunrise」の9年後のお話なら、観る僕も同じように9年が経った。もうX世代、Y世代という呼び方はあまり聞かなくなった。僕にはまだ9年の距離は長い。
「before sunset」の存在を知って、フランソワ・トリュフォーの「大人は判ってくれない」から始まる「ドワネルもの」を思い出した。まるで上映時間以外にも主人公に時間を持たせてあげているような、楽しいのに芯のある作品。僕はこのシリーズは六本木の映画館のレイトショーで観ることができた。好きな映画館だったけどもう今はない。チケットがなくてもロビーに入れることが新鮮だった。イメージのある映画館がなくなってしまうのは寂しい。周りのレストランもほとんどなくなったし区画も変わってしまった。通る人間が変われば街は変わる。
あまり映画館に行けなくなってからは作品の細かいところまで覚えていることが少なくなってしまった。映画館で観ないと、どの時代の映画だったのか前とも後ろともぐちゃぐちゃになってしまう。
色んなことがあるのとは別に、ゆっくり話を作ることも楽しいかもしれない。久しぶりに映画館に行きたくなった。